1. "

    11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:10/09/12 15:58 ID:YQbV7SEN0

    1つ実験をしてみましょう。後ろ足のひざの後ろをしっかり伸ばして歩いてみてください。それを10分続けながら、ネガティブなことを考え続けることができますか?

    ひざの後ろを伸ばすと、自然と背筋が伸びます。背筋が伸びると肩が少し後ろに引かれる感じになり、自然とあごと顔の向きが上がります。顔の向きが上がると当然のことながら 目線が上がりますが、目線を上げると、人間の脳の構造上、内面会話が確実に減るのです。

    これは「ストレスゼロ姿勢」のひとつです。実際、この姿勢は、多くの人にとってストレスを感じることが難しくなります。

    この姿勢のヒントをわたしはミラノのファッション業界のトップから教わりました。彼いわく、「町を歩いている多くの人の中で日本人はすぐ分かる。なぜなら日本人は歩くときに ひざの後ろが伸びていないんだ」そうです。

    "
     

  2. "質問者 私の知っていることは、私自身を知らないということだけです。

    マハラジ 自己を知らないということをどうして知るのだろう。あなたの直接の洞察が、何よりもあなた自身を知っていると告げているのだ。なぜなら、ものの存在を体験するあなたがそこにいないかぎり、何も存在することはできないからだ。あなたは自己を描写できないために、自己を知らないと想像しているのだ。あなたはつねに、「私は在るということを知っている」と言うことができる。そして「私はいない」という表明を偽りとして退けることだろう。だが、何であれ描写できるものはあなた自身ではありえない。そしてあなたであるものを描写することはできないのだ。あなたは自己定義や自己描写を試みることなしに、あなた自身で在ることによってだけ、自己を知ることができるのだ。あなたが知覚可能、想像可能なものは何ひとつあなたではありえず、何であれ、意識の領域に現れるものは自己ではないとひとたび理解したなら、より深い自己実現への唯一の方法として、すべての自己同一化を断ち切ることだろう。否定することによって、文字どおりあなたは、まさにロケットのように進歩するのだ。あなたが身体のなかにもマインドのなかにも存在せず、しかもその両方に気づいていると知ることは、すでに自己知識なのだ。    『私は在る』(p537)"
     
  3.  

  4. "今から千年ばかり前の宋の時代に、中国の学者が、今述べたのと同じなりゆきに陥ったことがある。社会正義のための道徳を主張したのはいいのだが、現実に立脚したうえで「物事はこのような順序で、こう進んでいくべきだ」といった考えの道筋をとらなかった。
     逆に、頭でっかちの理論を振りかざし、利益を摑むことを否定してかかったのだ。その結果、人々の元気がなくなり、国家も衰えて弱くなってしまった。ついにはモンゴルに攻め込まれてしまい、内部の混乱も続いて、とうとう元というモンゴル人の王朝をたてられ、統一される羽目となった。宋時代末期におきた、これは悲劇に外ならない。
     このように現実に立脚しない道徳は、国の元気を失わせ、モノの生産力を低くし、最後には国を滅亡させてしまう。だから、社会のためになる道徳といっても、一歩間違えれば国を滅ぼすもとになることを、頭に入れておかなければならない。"
     
  5. godotal:

    You cannot defeat me, hand

    (via reretlet)

     

  6. "表現する事は勇気を持つ事。
    花は美しいというと「美しくない花もある」という人が出てくる。そのクレームを想定し「美しい花もあるが美しくない花もある」と書く。それはもはや言う必要のない文となる。全ての人が納得する文では表現にならない。
    勇気が必要なんだ。"
    — 

    Twitter / nono0005 (via igi)

    2013-12-31

    (via mmtki)

    (via wonderthinkanswer)

     
  7. (via sytoh)

     

  8. "

    旧来マイナス思考と呼ばれた物のうち、心理学的にも有害と見なされているもの:

    《全か無か思考》両極端な評価しかできない。完璧でないと認めない。
    《破局的な見方》ちょっとしたことでも大きな災害にように大げさに考えてしまう。
    《過度の一般化》一度かせいぜい数回程度の経験から、それが繰り返し起こると勝手に決め付けること。
    《選択的抽出》一部の否定的情報だけを選び出して、他の情報は全く無視し勝手に物事を決め付けてしまう。
    《ポジティブな側面の否認》成功しているのに、その中からわざわざダメな部分を探し出してくる。
    《誇大視と極微視》物事を極端に誇張したり、逆に矮小化して捉える。双眼鏡的歪曲ともいう。
    《感情的論法》物事が事実である証拠として自分の感情を引き合いに出してくる。
    《「すべき」表現》”~すべき”“~しなければならない”と自分を駆り立てる。罪悪感で人を動機付けしようとする。
    《レッテル貼り》誤りや不完全さを理由に、まるでそれがその人そのものであるかのように否定的な人間像を作り出すこと。
    《自己関係付け》自分とは何の関係もない出来事を自分にとって意味があると考えること。
    《独断的推論》事実と違う、あるいは全く事実無根の否定的な結論を独断的に引き出すこと。

    以上のような、徹底的な分析と抽出により、あいまいさ・拡大解釈を排除している。
    この概念があればマイナス思考という隙のある言葉は要らない。

    "
     
  9.  
  10. gifak-net:

    Play with me!